Charlie Is My Darling

 チャーリー・ワッツが死んでしまった。自分でもびっくりするくらい悲しくて泣いてしまったので、気持ちの整理がてら思い出話を書く。

 

 昨日の夜は、いろいろなことがうまくいかずにイライラしてしまっていて、そういうときに限って嫌なことが重なる。嫌な情報が飛び込んでくることの方が多いのに、なぜわざわざTwitterのタイムラインを眺めていたのかわからないが、とにかくその中にチャーリー・ワッツの訃報があった。

 

 早朝、泥酔したミック・ジャガーがチャーリーに電話をかけ「俺のドラマー!」と軽口を叩いた。しばらくすると髭を剃り、スーツを着て、香水をつけたチャーリーが部屋にやってきて「お前こそ俺のシンガーだろうが」とミックをぶん殴った。…というような話を、ローリングストーンズのファンは童話のように諳んじることができるだろう。頭のおかしいキース・リチャーズにただ一人最後まで付き合い、24時間スタジオでドラムを叩き続けた、とか。僕は完全なる後追いの世代で、そんな話は借りたり買ったりしたCDのライナーノーツや、バンドに関する本や、誰が書いたのかわからないブログから学んできた。セットリストがほぼ60〜70年代の曲で占められているバンドだから、基本的にローリングストーンズにまつわる出来事は「過去にこんなことがあった」という形で知っていたのだ。だから、まさかチャーリー・ワッツの死をリアルタイムで、しかもこんなにあっさりした形で知ることになるとは思いもしなかった。

 訃報以前に知ることができたローリングストーンズのリアルタイムの動きは、「北米ツアーをチャーリー抜きで行う」という二週間くらい前のニュースが最後だった。「チャーリーなしのローリング・ストーンズはありえない」とキースはたびたびインタビューなどで答えていたし、「こんな歳なのにツアーなんておかしい」と言いながらチャーリーも毎回ツアーで演奏していた。それなのにチャーリー抜きでツアー?と不思議に思ったのだが、その理由は「手術後の回復のため」とされていたし、「必ずバンドに戻ってくる」という旨のメンバーのコメントも添えられていた。だから「さすがに歳だし大変なのかな」などとのんきに思っていたのだ。詳しい死の理由などは発表されていないけれど、チャーリー本人や他のメンバーにはこの死は予期されていたのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、著名人の死につきものの「偉大な◯◯、R.I.P.」のフォーマットでチャーリーの死を悼むコメントが流れてくる。チャーリーのことが好きなひとってこんなにたくさんいたんだ。その中の誰にとっても、チャーリーの死を悼む以外にできることはもはや何もなかった。当然一緒に過ごしたり会話したことなど一度もない、外国で暮らすおじいさんの死の報せに対して、わけもわからずいいねボタンを押して(なにが「いいね」なのかわからない、というベタベタな疑問を改めて感じる)、ローリングストーンズの曲を聴きながら涙を流す以外に、できることが何もなかった。

 

 激しく動き回るミックの後ろで涼しげな顔でドラムを叩くチャーリー、という表現はあらゆる時代のローリングストーンズのライブについての文章で読んだが、実際にライブ映像の中のチャーリーはそう表現するほかない控えめな姿だった。「セックス、ドラッグ、ロックンロール」のセックス担当とドラッグ担当からなるといっても過言ではないグリマー・ツインズに対して、おとなしそう、優しそう(でも偏屈そうでもある)というのがチャーリーのイメージで、インタビューやライナーノーツの中から読み取れる全てだった。

 一度だけ、ローリングストーンズのライブを生で観ることができたのは僕の人生における大切な思い出の一つで、今となってはチャーリー込みのローリングストーンズはもう二度と観られないのだという事実が、その思い出をより特別なものにしている。

 2014年3月4日、東京ドームの三塁側二階席から、当時中学生の僕はローリングストーンズを観た。死ぬほど高いチケットが中学生の小遣いやお年玉程度で買えるわけもなく、父親にお願いして買ってもらったのを覚えている。「メンバーが死んでしまう前に観たいんだ」と頼む僕に対し、父は「死んだらなんか困るんかい」と言った。ものすごく腹が立ったが、生でローリングストーンズを観るために屈辱に耐えた。憧れのロックスターに対して暴言を吐いた父の狼藉を、僕はしばらく根に持っていた。が、息子から高いチケットを突然ねだられて、そんな言葉がついつい出てしまうのは今となっては理解できなくもないし、結果的にローリングストーンズを観られたのは父のおかげだ。

 開演時間から1時間ほど押してライブが始まってみると、ステージはあまりにも遠い。「あの動き」で激しく走り回っているのがミックでギターを持ったゾンビみたいな人がキース(3日公演の初日である2月26日、あまりにもギターが弾けていないキースが「もう死ぬんじゃないか」などと言われていたことを覚えている。僕が観た時は見た目はゾンビだったがギターを弾く姿はかっこよかった)…と信じるしかないような距離感だった。とても大きなモニターにとても大きくメンバーの姿が映し出されていたのだが、今ステージで動き回っている豆粒ほどのゾンビと、モニターに映るキースが同じ人物だという保証がどこにあるんだ。初めてのドームのライブ、「あんまりちゃんと見えない」という落胆と「CDで聴きまくっている憧れのローリングストーンズがここにいる」とはにわかに信じがたい気持ちが混じり合って、「本当にローリングストーンズここにいなくてもわかんないよな」とわけのわからないことを思ったのである。(素人が聞いていてもわかるくらい、ちょくちょく演奏をトチったりミックの歌が外れたりしていたので、最後は「さすがに本物がここにいて演奏しているんだろう」と信じることにした。)

 「サティスファクション」を演奏し終えたあと、前に出てくるのを嫌がるチャーリーがメンバーに引っ張り出されていた。横並びの豆粒だったが、シャイでかわいいおじいさんだと思った。ミックやキースやロニーより、チャーリーの姿が印象深かった。なんてイメージ通り、いや、イメージ以上にチャーミングな人だ。「次の日の公演ではゲストで布袋寅泰が一曲ギターを弾いた」と聞き、なんだか損した気分になったこととあわせて、この日のライブのことは大切な思い出だ。僕の人生でただ一度、ローリングストーンズと同じ空間にいられた日の記憶である。

 

 あれから7年半経った。何度も脱退が噂され、ツアーなんて嫌だとツアーのたびに言い続けたチャーリー・ワッツは、結局死ぬまでローリングストーンズのメンバーだった。豆粒サイズの距離以上に近づくことはなかったが、僕も死ぬまでチャーリーとローリングストーンズのファンだと思う。「自分はジャズドラマーでたまたま世界一のロックバンドにいるだけ」と公言していたチャーリーが、ミックやキースやロックンロールやツアーから解放されたチャーリーが、安らかに眠ることを願ってやまない。

 

 

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