シティポップと埼玉県

「シティポップ」と呼ばれる音楽が流行っている。シュガー・ベイブとかオリジナル・ラヴとか山下達郎ではなく、今はSuchmosとかYogee New Wavesとかを指すみたい。自称シティポップの人もいるし、シティポップとしてくくるな、みたいな人もいるだろうが、要するに「オシャレな音楽」と言えば間違いなさそうだ。もちろん好きな曲もたくさんあるけど、1ジャンルとして好きとは言い難い。ここで具体的に曲とか貼るとよろしくないので貼らないしそれは本当に言いたいことではない。

 

諸手を挙げて絶賛できない理由は極端な言い方をすれば、僕が埼玉育ちだからだと思う。ネオンの街、かっこいい服屋、フロアで君に耳打ち、とかシンプルに知らないからだ。シティポップが刺激するのは、ざっくり言えば「東京」への愛(もしくは憧れ)だろう。自分自身がそう思うわけではないが、シティポップは「雰囲気だけ」「フェスにデートに来てる奴らのための音楽」と一刀両断されることも珍しくない。オシャレな雰囲気を作ることだって簡単じゃないんだから、雰囲気だけでも作れていることは素晴らしいことだろう。ただその雰囲気作りに使われるのが上述のように「ネオン」「かっこいい服」「ダンスフロア」みたいなワードだったりビジュアルやPVだったりするわけだ。そこには(浮浪者とか客引きとか道端のゲロとかデモ行進とかは度外視された)理想としての「東京」がある。「シティ(都会)」と言い換えてもいい。

 

東京の人には多分身近なんだろうが、埼玉県の端っこで育った僕からすると全然ピンとこない。強いて言えば駅前のパチンコ屋と学習塾くらいが明るかったし、それも控えめだし、CDはHMVタワーレコードブックオフで買うものだったし。イケてるCD置いてるイケてるお店なんか本当にあったのだろうか。探していないだけとか、探すだけの気概がなかっただけと言うのもある意味正解だけど、もう少し複雑な理由がある。と思う。

 

本当に東京でオシャレに暮らしている人に加えて、地方出身の人は理想としての「東京」に強く憧れる傾向(あくまで周りの人にそういう人が多い気がする程度)があるように思う。情報は都市に集中し、そこから距離が開けば開くほど地方の街に届く情報は少なくなる。大学に入るまでは実感もできなかったが、世の中には(だ埼玉よりもずっと)田舎の町と田舎の町出身の人がたくさんいる。わずかに入ってくる情報は時に美化され、時に幻想込みで膨らんでいるのだろう。ある種の勘違いといってもいいのだけど、憧れで膨れまくった勘違いがビートルズローリングストーンズを育てたわけで、これは全く悪いことではないし、美しい話でもあると思う。ところで、いわゆるシティポップの人たちは東京育ちのイメージが強いのだけど、田舎出身で今東京に出てシティポップをやっている人たちっているんだろうか。

 

話は東京の北、ベッドタウンの中のベッドタウンである埼玉県に戻る。埼玉県内でも場所によるだろうが、僕の育った街からイメージの中の「都会」である渋谷とか新宿とか(この例が既にダサいのだろうか)までは一時間ほどだった。一時間で行けてしまうのだ。新幹線や夜行バスで何時間もかけてたどり着いた憧れの原宿で変な服を買って帰る女の子や、ビクビクしながら飛行機に乗って憧れのロックスターを武道館に観にくる男の子の気持ちが、僕には全くわからない。なんならロックスターもさいたまスーパーアリーナに来ちゃうかもしれない。これでは憧れなんか育つはずがない。だって行こうと思えば行けるもん。で、実際行かない。遊ぶなら埼玉県内で十分だから。事足りてしまう。特に中高生のうちからわざわざ東京まで行こうという人なんか本当に少ないと思う。埼玉には自分の街が田舎だというコンプレックスすらない。だからこそヘラヘラ「翔んで埼玉」なんか許してるわけで、スーパーアリーナで海外のスターが「トーキョー!」なんて呼びかけても許してるわけで、自分から「だ埼玉」なんて言えたりする。都会への憧れも、ハングリー精神も培われるわけがない。

 

時にシティポップのくくりに入れられていることもあるバンドのなかで、僕はNever Young Beachが大好きだ。誤解を恐れずに言えば、なんかダサいからだ。なんか畳の匂いがするからだ。日本のフォークをルーツにしているから、とか正しく分析している人が他にもいるだろう。なんにせよ僕でもわかるからだ。都会のオシャレさを語られるのが嫌いなわけではない。ただわからないし憧れてもないから理解できない。これは東京出身者にも(埼玉よりさらに)田舎の出身者にも伝わらない話かもしれない。単純にお前にセンスがないだけじゃん、と言われたらそれまでだし、SNS社会、サブスクリプション社会への変化がさらに進んで行けばなんの意味もなくなる議論かもしれないが、都会と地方の格差とシティポップブームが共存している今なら、もしかすると伝わる見込みがあるかもしれないと考えている。東京に行こうと思えば行けるけど、行こうとは思わない。だからいつまでも埼玉はダサいのかもしれない。

 

 

どうでもいいけど

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