第2図書係補佐

好きな作家、画家、デザイナー、映画監督、ブランドなどが聞かれてもすぐに言えない。ボーッと生きてきたことが露呈するようで恥ずかしいしコンプレックスの一つだ。夢中になるほど何かにのめり込んだ記憶もなければ、小さな頃からずっと続けていることもない。よって、人並み以上の深い知識や技術もない。

 

過ぎてしまった時間が必要以上に輝かしく見えたり、輝かしいものになり得たように思えたりしやすいものだということは理解している。それでも、生まれてから今までの時間は決して短くなかった。同年代の、幼い頃から一つのことに(あるいはいくつものことに)打ち込んできた人たちとは、追いつきようもない大きな差がついていることも認めなくてはならない。

 

自分が何者かになれる、という思い込みはほとんど全人類に当てはまるらしいことはなんとなくわかってきた。本当に何者かになっていく人と、自分はスポットライトを浴びる側ではないと納得する人と、自分には何もないことを認められないままの人。必ずしも白黒をつけなければならないことばかりではないが、身の丈を知らないままでいるのは好ましいことではない。

 

少年漫画の主人公が年下になり、青春映画の主人公が年下になり、仮面ライダーが年下になり、気鋭の若手芸人が年下になった。中学生や高校生の頃、若きアスリートの活躍を伝えるテレビのニュースを見た母に「ほら、同い年だよ!」などとよく言われた。だからもっと頑張れということなのか、お前にも何かすごいことができるということなのか、母の意図はわからなかったが、妙に腹が立ったのは覚えている。だからなんだ、という母への苛立ちだったのか、僕には無理だ、という自分への苛立ちだったのか。両方だったのかもしれない。

 

何かを始めるのに遅すぎることはない、というが、ユーキャンのボールペン字講座を始めたとして僕の書く字が少し綺麗になるだけだ。それはそれでとても意味のあることだけど、それで褒めてくれるのは家族くらいのもので、誰かに憧れてもらえるわけでもない。憧れられてみたいのか、褒めてもらいたいのか、自分には他人にはない何かがあると言われてみたいのか?自分がどうなりたいのかもよくわからないが、叶いそうとは言い難いのだけは確かだ。

 

かといって、時間をさかのぼり、かつての僕に「もっとこういう風に過ごしなさい」とお説教したとして、僕は僕の言うことを聞くだろうか。多分あの時はテレビを見ながらゴロゴロしていたかったし、もっと布団の中で寝ていたかったし、宿題をきちんと済ませるのが先だと思っていた。僕は怠惰で小心者だったし、今もそうだ。

 

やりたいことをやるにはやらなくてはならないことがある。「やりたいこと」、「やらなくてよいこと」、「やらなくてはならないこと」の三つに物事を分けていくとして、僕が思い切りよく「やらなくてよいこと」の箱に物事をぶち込める人だったならどんなに良かったかといつも思う。「やらなくてはならないこと」の箱はいつもパンパンだったしその箱一つで精一杯だった。「やりたいこと」の箱もまたいっぱいだったが、そちらに構っている余裕もなければ度胸もなかった。

 

又吉直樹の『第2図書係補佐』を読む。サッカーも上手く、作家としても成功し、お笑い芸人としても人気であり、オシャレ芸人として名を馳せる男が、これまで読んできた本にまつわる、あるいはまつわらないエピソードを書いた本だ。そして紹介された本は残らず読みたくなる。こんなに全部を持っているように思える人が、「太宰治の本は自分のことを書いてると思った」「夜河原で泣くことがあった」と書いている。

 

自分のことをダメだと思ったり、何もないと思ったり、時間を無駄に過ごしてきたと思ったりするのは誰にでもあることなのかもしれない。ただそれを他人の目に触れるところで表に出さない人が、「心が強い」と言われたり「何も悩みがなさそうでいいな」と言われたりするのかもしれない。

 

ネガティブな感情をSNSに発散しようが、日記に発散しようが、ブログに発散しようが、直接誰かに迷惑をかけなければ僕は自由だと思う。けれども、人目に触れるところで(例えばSNSで)ネガティブを表明することは一般に好ましく思われない。自分を強く見せたいと思うのは自然であり、他人もそう思っているのが普通だと考えるなら「情けないことをするな」「かわいそうと思われたいのか」と腹が立つのもわかる。「自分はきちんと自分の内で収めているような感情を好き放題に垂れ流している」とか、「言ってもなんの解決にもならないことについて不満を言うのは情けない」とか、全部正論だ。

 

結局なんの話がしたかったのかよくわからない。なるべく感傷的に傾きすぎないように自分のネガティブと向き合ってみたつもりだったのに、長々と暗い文章を連ねてしまったような気もする。読み返していないしよくわからない。

 

より良くなろう、より見識を広げようといろんなものをかじったけど、本当に好きになれたものがどれだけあったのかよくわからない。好きな作家、画家、デザイナー、映画監督、ブランドなどが聞かれてもすぐに言えない。

 

 

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)